昨夜の話|Tangoの話であったり なかったり(β版)

昨夜の話

2019年3月12日

 かれこれ10年以上通わせてもらっているかな。細かい年数は忘れてしまったし、行けないときは数年空いたりしたこともあったかも知れないけれど、とても大事にしているバーがあります。

 きっかけはある晩、新宿ゴールデン街で飲んでいるとき、近くで口喧嘩......とはいえないな。出来の悪そうな役者がつまらない理由で後輩を怒鳴りはじめ、最初は止めに入ろうかとも思ったのですが、バーテンの女の子が上手にフォローをはじめたので余計なことはしないほうがいいと思い、しかし時間は少しかかりそうだったので会計を済ませて外へ出ると、きっと僕と同じような理由だったのでしょう。ひとりの年配の男性が僕に続いて店から出てきました。

 なんとなく、「飲み直しましょっか......」と言うと、「そうだな」と答え、「俺の行きつけのバーがあるからそこでいいか?」と聞かれたので頷くと、靖国通りを渡って少ししてから左に折れ、まっすぐ歩きだしました。てっきりゴールデン街で完結すると思っていた僕は、この道の先に待っている新宿二丁目という土地の響きとこの状況と、どうしても思考がそちらに向かってしまうわけで、いざとなったら逃げ出す算段をしながらしかし、数日前に先輩から、「たけし。お前、男とやったことはあるか?」と聞かれ、「あるわけないじゃないですか!」と答えると、「なぜだ?」と更に突っ込んできたので、「興味ないすもん......」と言った途端、「だからお前はダメなんだ! やってみたら案外いいもんかも知れないだろ? この世界(文筆のこと)に携わっていて試してもいないで偉そうに"興味がない"とか言ってんじゃねえよ」と怒鳴られて、「......え、じゃ先輩はあるんすか?」と聞き返すと、当時は『ベッカムをやさぐれさせたようだ』と言われていたその先輩がほんのり顔を紅くさせて「ある」と答えたあと、聞きたくもないそのときの状況を詳しく語りはじめたことが思い出され......いやいや、俺はそこまでして確かめなくていいから。99.99999......対残りくらいの圧倒的な差はありつつも、微かな葛藤が一瞬頭の中で起きたのは事実であります。

 結局、目的地は二丁目ではなく手前の三丁目だったわけなのですが、カウンターに座わると、この店に連れてきてくれた男性がマスターを指さし、「こいつさぁ、人を一瞬見ただけで、その人間にぴったりの曲をチョイスすることができるんだよ。......おい、彼に合う曲を選んでくれ」と酒を頼むより先に注文しました。そして選ばれた曲はBilly Joelの『Pianoman』(いちお日本語訳のリンクを貼っておきます。興味のある方はどうぞ)。自分で自分のことはよくわからないので、この曲が合っているのかどうかもわかりませんでしたが、その数年後、まさかのタンゴバーのマスターになったとき、このときのことが思い出されたものでございます。ちなみに僕も、彼の真似をして、タンゴの曲で、「あなたにピッタリな曲」をやってみようと思った時期がありました。だって、まずモテそうじゃないですか('-'*)。しかし、どんなに名曲であろうとも、『Patetico』とか選んだらきっと微妙な空気になるだけだし、タンゴではやめた方がいいと断念したのでした。

 さて、昨夜遅く、嫁さんとふたりでこのバーに行きました。スピーカーからPianomanが流れてきたとき、このときのエピソードを話したついでにマスターに、「あやちゃんに合う曲を選んでくれないかな?」と頼んでみました。マスターは、「最近センスが弱ってきてるからなあ......」と言い訳をしつつ、ABBAの『Thank You For The Music』をかけてくれました。そして、やっぱスゲエなこの人......と思ったわけなのでした。