今だから言えること|Tangoの話であったり なかったり(β版)

今だから言えること

2019年4月13日

 エクササイズをしているとき、必ず思い出すのは初めてブエノスアイレスへタンゴの勉強に行った頃のことで、当時、タンゴをはじめて約半年。偶然アルゼンチンタンゴ世界選手権のパンフレットに僕の写真が使われていて、その頃はグレーに髪を染めていたのですが、それが取れて真っキンキンだったものですから目立ったらしく、レッスン場やミロンガはおろか普通に買い物をしていても、「キミのこと知ってるよ!」という感じで声を掛けられたりウインクされたりしたものでした。それだけなら良かったのだけど、ワークショップでもミロンガでも踊りに誘われ、ちょっと動くとガッカリした顔して「グラシアス(ありがとう)!」と言って去っていく。そんなことの連続でした。レッスンといっても毎日音楽に合わせて手拍子したり歩いたり。マリアさんに「ミロンガへ行きたいからステップを教えて欲しい」と頼んでも、「そんなものは自分で考えなさい」と怒られ、フィジカルを教えてくれたシルビアからの注意の90%以上は、「ミュージック」「リラックス」「インテンション」の3つ。いつまで経っても同じことを言われ続け、毎朝レッスン中止にならないかな......と思っていたものでした(笑)

 それでもなんとか続けられたのは、きっとブエノスアイレスだったから。仕事仲間を職場に残してアルゼンチンまで来てツラいから休むというのはあまりにカッコ悪くて。でもホント、当時は自分が情けなくて惨めで先も見えなくて、ここではタンゴが下手だと人権も認められないのかと思うほどキツかったです。

 マリアさんはタンゴ界のレジェンド中のレジェンドであるだけでなく、タンゴが嫌いだった僕の心を動かしたほどのダンサーであることは間違いないのですが、教えるのが上手いかといえばそういう次元ではなく、ひたすら「まだタンゴの血が流れてない!」とかそんなことを言われてました。これは推測の域を出ませんが、おそらくマリアさんは、母には自分の踊り方を、フリアン先生にはそのためのリードの仕方を、僕には自分にとってのタンゴを教えてくれていたのではないかと思っています。エクササイズをしていると、マリアさんやシルビアの言葉や当時の葛藤が自然と蘇ってきて、今の自分が見えてきます。あの頃イメージしていた未来とは随分違うところにいるけれど、あの頃ではイメージすることさえできなかったタンゴの楽しさを感じながら続けられているとこに喜びを感じています。

 まあ、何が言いたいかというと、タンゴは不器用な人間を見捨てるようなことはないから、今できることを無理せず丁寧にやるのが僕は一番だと思っているということです('-'*)