ロストカルチャー|Tangoの話であったり なかったり

ロストカルチャー

2020年5月30日

 バンドネオンという製造もほぼされていない楽器が奏でる半世紀以上前につくられた曲を未だに踊っている。曲調はノスタルジックで歌詞は未練がましい。タンゴのことを考えると、常にロストカルチャーの文字が浮かびます。初めてマリアニエベス先生と飲んだとき、南米の曲のなかでタンゴだけが異質な気がして理由を尋ねたところ、「タンゴはブエノスアイレスに移民してきた人たちの望郷の想いから生まれたのよ」と教わりました。新型コロナウィルスによって生活スタイルや文化の在り方が見直されているなか、今度はアルゼンチンタンゴの踊り方までもが過去の遺物になってしまうのだろうかという気さえしています。

 タンゴの歴史を振り返ると、下賤な踊りと言われたりローマ法王によって禁止されたりと順調だったわけではありません。先人たちの努力によってそれがユネスコ無形文化遺産に登録されるまでになり、港町からはじまったこの踊りは、海を越えて今や世界中で楽しまれるようになりました。

 今回のことで身の在り方について本当にいろいろ考えました。......というより答えはまだ出ていません。わかっているのは、どういう状況になったとしても僕自身がタンゴをやめることはなく、付いてきてくれる人がいる限りは応えていこうというだけです。僕にはふたり弟子がいて、ひとりは目が不自由で実家に帰れば仕事も生活も安定するのにタンゴのために東京で暮らすと言い、もうひとりは病と闘いながら続けています。他にもそれぞれの角度で応援して下さる人がいて、まったくもって先生としてはだらしない話ですが、なんとかメンタルが保っているような感じです。なので、タンゴの未来について話題にのぼる機会は多いのですが、今の僕には話が大きすぎるのです。ただひとつ言えることがあるとするならば、なぜタンゴは幾つもの苦難を乗り越えることができたのかという点です。そこに目を向けずに上辺の対処で乗り切ったとして、そこに何が残るというのでしょうか。そんな気はしています。