About|タンゴサロン ロカ-Tango Salon LOCA

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About Us

どなたにも安心してアルゼンチンタンゴの世界を楽しんで頂けます。

 Tango Salon"LOCA"では、未経験のかたにもアルゼンチンタンゴの楽しさを感じて頂けるレッスンをモットーにしています。Tango Project"AGITO"は、ミロンガをはじめアルゼンチンタンゴの普及に取り組む活動をしています。

Takeshi Nakayama PROFILE

 ブエノスアイレスに滞在中、アルゼンチンタンゴダンス界のパイオニア、マリア・ニエベス(Maria Nieves)から「タンゴの本質」を、シルビア・トスカーノ(Silvia Toscano)からは主にフィジカル面を学び、日本では講師をする一方、舞台演出や振付、ディナーショー等に出演。マリア・ニエベスからは、Maria Nievesの「M」と、〝誰もが踊ってみたくなる(悪い)男〟という意味で、「Malevo」というタンゴネームを授かり、タンゴバーのマスターを経て独立。現在に至る。

takeshi@tangoargentino.jp(なかやま たけし)

名称 タンゴサロン ロカ-Tango Salon LOCA
代表 なかやま たけし
なかやま あや

History of Tango Argentino

アルゼンチンタンゴはどのようにして生まれたのでしょうか?

 タンゴという言葉は、18世紀後期に奴隷として連れて来られたアフリカ人が、〝踊る〟という意味で使っていた「Tunga」が起源だと言われています(諸説あり)。当時のダンスは、男女が2列になって太鼓のリズムに合わせ、腰をくっ付けたり離したりしながら街の中を行進していくといった感じで、「カントンベ」と呼ばれていました。それが、キューバの「ハバネラ」や、スペインの「フラメンコ」など、様々なダンスの要素を取り込みながら、ブエノスアイレスのボカ地区、ウルグアイのモンテビデオを中心に、今のスタイルに変わっていったと言われています。

こうして生まれたタンゴは、下町の社交場や港町の置屋などで踊られ、当初は「下品なダンス」と言われていました。しかし、男女が抱き合うようにして踊る独特のスタイルは、外見や言葉では伝わりにくい、人間性や感性、コラソン(心)を深く感じ合うことができ、徐々に市民権を獲得。19世紀のはじめ、パリへ遊びに出掛けていた貴婦人らによって、一気にヨーロッパにも浸透していきました。

 しかし、ヨーロッパでも初めは「卑猥な踊りだ」として、タンゴを踊ることをローマ教皇が禁止するなど、決して順調に広まっていったわけではありませんでした。

 そのような逆境のなか、ダンサーのデモンストレーションや愛好家の熱心な活動等によって、アルゼンチンタンゴは洗練され、世界中で踊られるまでに成長。ついには2009年9月30日。「ユネスコ無形文化遺産」として登録されることになりました。

アルゼンチンタンゴとコンチネンタルタンゴの違い

 アルゼンチンタンゴがヨーロッパに伝わっていった際、社交ダンス用にアレンジされたタンゴを「コンチネンタルタンゴ」と呼んでいます。アルゼンチンタンゴとコンチネンタルタンゴでは、演奏の仕方も踊り方もまるで違います。

アルゼンチンタンゴの楽器について

 アルゼンチンタンゴの音楽において欠かすことのできない楽器といえばバンドネオンですが、タンゴが生まれた当初から、バンドネオンが花形だったわけではありませんでした。タンゴの前身である「カントンベ」は太鼓が中心で、それが、ギター、フルート、バイオリンの編成へと変わり、18世紀末頃からバンドネオンも加わるようになったと言われています。
 ちなみにバンドネオンは、1847年にドイツ人のハインリッヒ・バンド(Heinrich Band:1821年4月4日~1860年12月2日)が携帯用パイプオルガンとして考案したもので、蛇腹を引くときと押すときで別の音に変化したり、音階を後から追加していったりしたこともあって扱い方が恐ろしく難しく、〝悪魔が発明した楽器〟とも呼ばれ、ドイツではあまり普及しませんでした。それをアルゼンチン人がタンゴの曲に使用したところ、小気味良いスタッカートと哀愁漂う音色が非常にマッチして、一気に多くの演奏家が使用するようになりました。
 20世紀に入り、バンドネオンはドイツからどんどんアルゼンチンに輸出されていったのですが、第二次世界大戦後、バンドネオンを作っていた工場は閉鎖。残念ながら現在ではもう、新たなバンドネオンは作られていません。


踊り場としての「ミロンガ」とジャンルとしての「ミロンガ」

「クラブ」や「ディスコ」、「ダンスホール」など、ダンスを踊る社交場の名称は様々ありますが、タンゴにおいては「ミロンガ」と言います。また、ミロンガで流れるタンゴのジャンルの中にもまた、「タンゴ」「ワルツ」「ミロンガ」があって、慣れないうちは紛らわしく感じられるかも知れません。
 では、なぜこのようなことになったのかというと、「ミロンガ」という言葉は、もともとアフリカの奴隷たちが、人が集まって踊る場のことを指して使っていたからです。そこではヨーロッパのリズムを取り入れたり複雑にアレンジしたりしながら、しのぎを削るように音楽家たちが次々と新曲を発表し、その結果、伝統的なリズムを重んじた「ミロンガ」とヨーロッパ的要素の加わった「ワルツ」、そして踊り手たちと共に進化していった「タンゴ」に分かれていったわけなのです。
 一般的に、ミロンガ会場では、「タンゴ(Tango)」と「ワルツ(Vals)」と「ミロンガ(Millonga)」は、一定の法則で流れます。会場によって差はありますが、楽団や年代等を揃えた4曲(タンダ【Tanda】)をワンセットとし、パートナーチェンジ用の曲(コルティナ【Cortina】)を挟んで、タンゴ、タンゴ、ワルツ、タンゴ、タンゴ、ミロンガ......の繰り返しになっています。

踊るタンゴと聴くタンゴ

  アルゼンチンタンゴを知るきっかけが、アストル・ピアソラ(Astor Piazzolla:1921年3月11日~1992年7月4日)だったという人は、実にたくさんいらっしゃいます。特に彼の代表曲『リベルタンゴ(Libertango)』は、世界でもっとも有名なアルゼンチンタンゴの曲といっても過言ではありません。

 しかし、初めての方がピアソラの曲をイメージしてミロンガ会場やレッスン場へ来られると、そこで流れている曲とずいぶん感じが違っていて驚かれるケースがあります。

 決してピアソラの曲が踊れないというわけではなく、実際にステージなどでは踊られる機会も多いのですが、ピアソラは、従来のアルゼンチンタンゴをベースに、ジャズやクラシックの要素を取り入れて曲作りが行なわれており、ミロンガで踊る人たちの為というよりも、聴いて楽しんでもらいたいという趣向が強いのが特徴です。そんな彼は、「タンゴ界の革命児」とも呼ばれ、現在においても、タンゴファンの間で、「ピアソラはタンゴか否か」について熱く語り合われることがあります。

日本のタンゴの歴史

 日本で初めて「タンゴ」という言葉が登場したのは、およそ100年前。大正時代の初期との説もありますが、本格的に伝わってきたのは昭和になってからで、当時パリで流行っていたタンゴダンスを、勝海舟の孫であるバロン・メガタ(Baron Mégata:1896年~1969年)こと目賀田綱美男爵が日本に持ち帰って広めたと言われています。アルゼンチンからも大量にレコードが輸出され、日本でも多くの人がタンゴの曲を耳にするようになりました。
 1961年のフランシスコ・カナロ(Francisco Canaro:1888年11月26日~1964年12月14日)を皮切りに、1965、79、 89年にはオスバルド・プグリエーセ(Osvaldo Pugliese:1905年12月2日~1995年7月25日)などアルゼンチンタンゴを代表する楽団や、1983年にパリで成功して以降、ブロードウェイをはじめ世界中で公演されたステージ『タンゴ・アルヘンティーノ(Tango Argentino)』の来日等により、それまでタンゴダンスといえばコンチネンタルタンゴを指していた日本でも、徐々にアルゼンチンタンゴが踊られるようになっていったのでした。

よくある御質問

・ダンスはおろか運動も苦手なのですが、アルゼンチンタンゴを踊れるようになるでしょうか?

 心配されることはありません。当教室で教えているアルゼンチンタンゴは、振付や競技用の激しい動きではなく、アルゼンチンタンゴの踊り場(ミロンガ)で楽しく他人に迷惑をかけないように踊って頂くことをモットーにしております。お身体が不自由な方や御多忙な方には、御自宅や会社への出張レッスンも承っておりますので、気軽にお問い合わせ下さい。


・リズム音痴なのですが大丈夫ですか?

 アルゼンチンタンゴの曲には基本的にドラムがなく、また「ミロンゲーロ」と呼ばれるような達人になると、複雑なリズムを刻んだり速いテンポで踊ったりもするため難しいと感じられる方がいらっしゃいますが、ベースとなるリズムはさほど難しくありません。ダンスをまったくやられたことがない方でも、レッスンを続けていれば、徐々に身体に馴染んでいきます。特に当教室では、音楽の聴き方、リズムの取り方はしっかりとレクチャーさせて頂きますので、御安心下さい。


・どのくらいの期間で踊れるようになりますか?

 御希望されるレベルにもよりますので一概にはお答えできませんが、ミロンガ前に設けさせて頂いている未経験者の方向けのレッスン1回でも、簡単なステップではありますが、皆様踊っていらっしゃいます。アルゼンチンタンゴが他のダンスと大きく異なる点のひとつとして、いくつになっても踊っていられる......というよりも、年齢を重ねていくに従って味わい深い踊りになっていくということが挙げられます。現に70、80歳を過ぎてから習いはじめる方も珍しくありません。一生楽しめる趣味としても、アルゼンチンタンゴは素晴らしいと思います。自分のペースに合ったかたちで続けられるのが宜しいかと思います。


・レッスンへはどのような格好をして行けばよいでしょうか?

 動きやすい格好でしたら問題ありません。シューズに関しては、もちろんアルゼンチンタンゴ用のシューズをお持ちでしたらそれが一番望ましいですが、ハイヒールや革靴でも大丈夫です。

そのほか疑問や不明点などありましたら、お気軽にコチラまでお問い合わせ下さい。