2017年4月29日

残り三日

 おととい、ランチを注文するのに困っていると、隣のテーブルにいた御夫婦が助けてくれました。そして店員さんが居なくなってしばらくしたあと、そっと一枚のメモを手渡され、そこには一軒のレストランの名前とおおよそのアドレス、「Ask for 1 order of "LOMO"Beef」と書かれた文字が......。"LOMO"のところだけが何度もボールペンでなぞってあって、更に奥さんは、「値段は安いし最高!」。旦那さんは「肉を切るのにナイフはいらない。アイスクリームみたいに柔らかいんだ!」といった具合に熱を込めて語りだしました。僕が右親指を立てて「Maybe tomorrow」と答えると、二人は「Very very nice!!!! ......20:00 Open」と嬉しそうに言いながら店を出ていきました。

 ちょうどその翌日の夜、シルビア・トスカーノ先生とのディナーを予定していて店探しに困っていた僕にとっては、天からの助けみたいな話です。この御夫婦の舌が狂っていないことは、身なりやインターコンチネンタルホテルのメモ用紙を使っているあたりからも察することができます。早速アパートに帰るとネットで調べ、慣れない言葉で予約を入れました。そしてシルビア先生にそのことを伝えると、「オッケー! 私からも店に電話して、予約ができているか確認しておくわ」と言って下さり、その後、13人分の予約になっていたことを教えてくれました(´;ω;`)

 確かに、あの御夫婦が熱く語りたくなるのも頷けるほど柔らかい肉! こういうのも旅の醍醐味ですねえ('-'*)

 今回はかつてのように朝から毎日シルビア先生のレッスンというわけではなかったのですが、こうして時間を作って下さり、とても楽しい夜を過ごすことができました。別れ際に、「Silvia is my teacher, forever」と伝えたのですが、言葉として成立しているかどうかはわかりません......(笑)。心から有難うございました!

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2017年4月28日

LA MILONGA DE LOS ZUCCA

 ひょんなことから行ったグループレッスンでしたが、無事に8回分の回数券をすべて使い終えることができました。このスクールは朝から晩まで様々な先生がレッスンを行なっているわけなのですが、初回に教えて頂いた先生がとにかく素晴らしかったので、結局その先生のクラスしか受講していません。Daniel Urquilla先生、本当にどうも有難うございました!

 昼はフロリダ通り近くのレストランで、『地球の歩き方』では「肉料理の王様」として紹介されているパリジャーダを食べました。実は僕、8回目のアルゼンチンにして初めて戴きます。見た目もアレですが、実際、物凄いボリュームでした。

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 夜はT子さん御夫妻と地元の人たちから愛されているアンティークなBarで食事をし、その後、旦那さんは次の日の朝が早いというので帰られ、3人でミロンガへ。そういえば、こちらに来て約一ヶ月。嫁さん以外の人と一緒にミロンガへ行ったのはこれが初めて。とても楽しい夜を過ごすことができました('-'*)

 昨夜行ったミロンガは、LA MILONGA DE LOS ZUCCA。僕が最も好きだったNino Bienの場所で、曜日も同じ。もっと早く来たかったのですが、なかなかタイミングが合わず、ようやく念願が叶いました。ちなみにこちらは、La Noche del Tangoという恵比寿のact*aquareと下高井戸の高井戸倶楽部で行なったミロンガのイメージのベースになっています。天井が高くてフロアが広くて音の反響が柔らかい。相変わらず踊っている人たちは上品で、とにかく贅沢な気分にさせてくれるミロンガでした。先日の「たけしさんはどのミロンガが一番好きだった?」という質問を、もしいま聞いていたら、間違いなく ZUCCAと答えていたでしょう(笑)

 残り短いブエノスアイレスでの生活ですが、こちらに来たばかりの頃は、フロアに立つのが恐くて僕とでさえ緊張していたのに、気付けば嫁さんも随分サマになってきました。

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2017年4月27日

再びのセギメシ

 とある方から、「地元の人にもあまり知られていない隠れ家みたいなミロンガがあって、たけしさんならきっと好きかなと思って......」と教えて頂き、更には「たけしさんみたいにミロンガをやっている人には、ぜひ行ってみてもらいたいんです!」とまで熱く語ってもらったので、(そもそも僕は一体どんなミロンガが好きなように映っているのだろう?)という興味と共に行ってみることに......。ある程度のアドレスは聞いていたのですが、確認のためネットで検索すると、「住所非公開」となっていて、ますます気になって調べてようやく場所が解明したので、ミロンガへは一杯引っ掛けてから二次会気分で行くことが常の僕にしては珍しく......というより初めて、ミロンガ前レッスンから参加しようと思って20時半ピッタリに到着すると、家族仲良く水色と白の風船を壁にくくり付け、巨大なアルゼンチンの国旗を作っておりました......。

 聞けば「今日そのミロンガはお休みだよ」というオチだったのですが、あとで改めて確認すると、確かにどこかでそのミロンガが行なわれていた形跡があり、ひょっとしたら、幾つか場所を変えながらやっているのかも知れませんね(´;ω;`)

 ......というわけで、気を取り直して別のミロンガへ。その方と話しているとき、「たけしさんはどのミロンガが一番好きだった?」と聞かれて答えたSEGUIME...SI PODESです。ここは決してアウェイを歓迎してくれる雰囲気ではないし、踊っているのはみんなプロレベルだし、そういう意味ではちっとも気は抜けないのですが、一曲一曲の集中力が皆さん半端なく、ダリエンソのタンダならダリエンソの魂が、プグリエーセのタンダならならプグリエーセの魂が宿ったのではないかと思うくらいに踊り方が変わり、伸ばすところは伸ばすところ、刻むところは刻むところ、まるで舞台でも見ているかのように一組として外れません。そういう意味ではコンテストに近いのかも知れませんが、それにしては踊り方が自由すぎ。そしてやっぱりそんな中にあってもAriadna Naveiraは別次元でした。彼女のプライベートの踊りを何タンダか見られただけでも来て良かったと思いました('-'*)

2017年4月26日

Color Tango

 昨日は一日ずっと雨だったので、日中は外に出ず、ふと(ここに居るうちに......)と思ってミロンガ用の選曲をはじめてみました。思いのほかイメージが膨らみ過ぎて、また没頭できる時間も限られているので、帰国までに仕上げられるかどうかは非常に怪しいですが、今回の旅の思い出に、いつかは完成させたいと思います('-'*)

 夜は、カルロス・リバローラ先生が教えて下さったアパートの向かいの悶え死ぬほど美味いピザ屋さんへ。今回覚えたモッツァレラとアンチョビのピザを注文。日本に帰ったらもう食べられなくなるかと思うと、今後3食全部これでも構いません。むしろ嬉しい。......というより、嫁さんに研究してもらいます。こうやって書いている今も、既に恋しいです。

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 食事を終えたら、至福のままColor Tangoを聴きにSalon Canningへ。Tango Bardo、La Juan D'arienzo、Color Tango。火曜日はすっかりCanningの生演奏で踊るのがお決まりになっております('-'*)

 ですが、こんな贅沢なミロンガ通いができるのも今週が最後。本当に寂しいです。もちろん、日本に帰って会いたい人はたくさんいますし、毎日義妹さんがLINEで送ってくれている猫の写真や動画を見るたび、どれだけ会いたいことか......。でも、それはそれなんですよねー。今まではレッスンのためにブエノスアイレスへ来ているという感覚だったので、生活を楽しむとか、そんな余裕はどこにもなかったわけですが、こうして目的を持たずに暮らしている分には夢のようなところです。また来たいなあ。......きっと来るんだろうなあ(笑)

 

2017年4月25日

ラストウィーク

 ダラスからブエノスアイレスへ来る飛行機の隣の席が偶然ファン・ギダ先生だったという話は先日のブログで書きましたが、もうひとり、ブエノスアイレスの空港で偶然お会いした方がいました。浅井みどり先生です。こんなことってあるんですかねえ、という感じですよね('-'*)

 彼女とはどこかのタイミングで一緒にミロンガに行けたらいいなぁと、ときどき連絡を取り合っていたのですが、約一ヶ月の滞在中、半分はブエノスアイレスから離れていたそうで、実現しないまま時間が流れ、ようやく昨夜、バーでお酒を飲みました。今日、東京へ帰られるみたいで、ああ、僕も間もなくなんだよなぁと思いながら、東京での再開を約束してお別れしたのでした。

 そういえば、僕にとっては約8年ぶりのブエノスアイレスなわけですが、以前と大きく変わったことのひとつに、ミロンガで日本人の姿を滅多に見かけません。観光客が少ない時期でも、前は有名なミロンガへ行けば誰かしら踊っていたものですが、アジア人全体として見れば比較にならないほど増えているのに少し寂しく感じます。ただ、くれぐれもこれは僕の印象なので、冒頭の逆で、偶然会っていない可能性も大いにあります。

 さて、いよいよ今週末に帰国ということで、やっておきたいことはたくさんあるのですが、難しそうなことも増えてきました。時間がいくらあっても足りません(´;ω;`)

2017年4月24日

最後の日曜日

 この週末は、9 de JulioとBragadoというブエノスアイレスの中心街から少し離れた小さな町で過ごしました。アルゼンチンの地図で見れば、ほんの1センチも離れていないのですが、それでもバスで5時間ほどかかります。運良く2階席の一番前に座れたので、行儀は悪いですが、脚を前に放り出し、地平線まで続く直線の道を、蟻の大群のような牛を横目に向かいました。

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 今回招待して下さった9 de Julioにあるアルマンドさんの家に到着すると、昼ごはんが用意されていました。牛肉のステーキとパンと米、豆料理とハム、サラダ。味付けはもちろん、アルゼンチン風です。以前は三日もすれば和食が恋しくなるほど日本の味にどっぷり浸かっていたはずなのに、今回は、気付けば肉を食べるときも醤油や柚子胡椒を使わなくなっており、スーツケースに入れて持ってきた山葵ふりかけにも手を出していません。むしろなぜこれまで、こんなに美味しいのにすぐ飽きていたのか不思議でなりません('-'*)

 アルマンドさんの家は、玄関を入ってすぐのところにある駐車場にピアノが二台置いてあり、リビング、キッチン、焼場やレモン畑のある庭へと続いていきます。その両脇にいくつか部屋があるのですが、一体何部屋あるのかわかりません。とにかく可愛らしいお家です。ちなみに、この家に限らず9 de Julioには雰囲気のある家が多く、日本で例えるなら軽井沢のような印象を受けました。

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 ビールを飲みながらランチを済ませ、街中をドライブして、帰ってきたら洗車。近所で暮す彼の兄妹の家に寄り、そのまま車で約一時間ほど離れた、アルマンドさんの彼女が暮らすBragadoまで移動。そこで一泊させて頂きました。彼女の家は、服と植物とアンティークの家具に囲まれた、まるで映画のセットのような家で、キッチンにはアサードの焼場まであります('-'*)

 夜の9時過ぎくらいでしょうか。10年ぶりに会う人たちが集まり出し、みんなで食事をし、「明日はアサードだ!」と言いながら12時過ぎに帰っていかれました。

 そして日曜日。朝の10時前からアルマンドさんは準備に取り掛かります。適度......とは言っても、とにかく大きく骨付き肉を切り、網に並べて隣で薪をくべていきます。やがて燃えカスとなって落っこちてきた灰を網の下に移し、じっくりゆっくり焼いていきます。途中、近所の人が代わる代わる家の中に入って来て、「今日はアサードパーティなんだ。いいねー!」という感じで焼き具合をみて帰っていくという光景を目にして、僕ならきっと、余計な気をまわしてしまうんだろうな......と反省しました。

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 火を燃やすのにドライヤーを使うというのは初めて見ました(笑)。そしてアルマンドさんの姿を見ていたら、夏の八ヶ岳のタンゴ合宿がとても楽しみになってきました('-'*)

 昨夜の人たちが再び集まり出したのが13時過ぎ。甲斐甲斐しく働いているアルマンドさんと彼女を尻目にワインを飲んだり前菜を食べたり......。僕らにも「まあいいから飲もうぜ!」とグラスにワインを注いでくれます。まったく手伝おうともせずタダ飯を食いに来ているようにも映るのですが、それを言ったら僕もそうなるわけで、こういうとき、自分の中の偽善な部分が嫌になります。「お前が本来するべきだったのは、ここで手伝うことではなくてスペイン語を学んできて、もっと会話を楽しむことだったんじゃないかのか?」と心の声が聞こえてきます。仰る通りでございます。

 特にこちらの人たちの会話は、言葉がわからないせいもあって、声がボールのように飛び交って、パスをまわしたりドリブルしたりシュートを打ったりしているように聞こえてきます。サッカーやタンゴが上手いのもよくわかります。ただ、言葉がわからない分、目や表情、声のトーンや仕草などなど、あらゆる角度から何を発しているのかキャッチしようと集中するので、言葉の奥にあるものは、よく見えます。僕は人生において、信じられる人と信じられない人の見極めさえ間違えなければ、ある程度の問題は解決できると思っておりますので、そういう意味ではいいトレーニングにもなっていたのですが、いつの間にかその能力に頼ってしまっていて、いい加減卒業しなければと思いました。

 4時間以上かけて焼き上げたアサードがテーブルに並べられると、席から一斉に拍手が起こりました。アサードを焼いた人には敬意を払ってそうするのだと、向かいの席のおじさんが教えてくれました。

 前回呼んで頂いたアサードパーティから今までに、僕に何があったのかなどをみんなに話しながら食事が終わったのは16時過ぎ。すっかり食べ過ぎて少し昼寝して、18時15分のバスに乗って帰ってきました。道中、寝つけないまま、少しは世の中に対して心が開けるようになってきたかなと思うこともあったのですが、所詮は砂浜から浅瀬に入ってちゃぷちゃぷしていただけなのだとわかって恥ずかしくなりました。また、みんなから優しさのシャワーを浴びすぎて、自然と涙が流れてました。

 日曜日の朝、本当は気にしなくてはならないこと、本当は気にしなくていいこと。時間、お金、人種、年齢、キャリア、言葉......あらゆる束縛から解放されて目が覚めたとき、「ここは天国なのか?」と思うほど、気持ちよく起きることができました。とても幸せな週末でした('-'*)

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2017年4月22日

El Beso

 先日のブログに書いた通り、今週末はブエノスアイレスから少し離れ、友人のアルマンド・サントス・モンタルバーノさんの家へ遊びに行ってきます。バスの出発時間が朝7時45分。向こうに到着する頃に合わせてターミナルで待っていて下さるというので、万が一にも寝坊するわけにはいきません。更に、バスに約5時間揺られるということで、二日酔いに乗り物酔いまで加えるわけにもいきません。なので昨日は初めて、昼間のミロンガへ行って参りました。

 ちなみに日々のミロンガは、Hoy MILONGAというサイトで探しています。こちらには時間や住所だけでなく、マップや近くに停まるコレクティーボ(バス)の番号、地下鉄の駅名まで載っていて、とにかく便利。一日にどれだけミロンガがあるかもよくわかります('-'*)

 El Besoというミロンガの存在は、生徒さんから聞いていました。男性席と女性席に分かれ、ダンスに誘う際は目で合図を送る、いわゆるカベセオ主体の会場です。もちろん、これまでに行ったミロンガにもカベセオはあったのですが、ここまでキッチリ席も別々というのは初めての経験。嫁さんも僕以外の男性と踊ることに少しずつ慣れてきたので、ここらで一発行ってみようか! という流れになったわけでございます。

 景気づけに、ミロンガ会場に近いコリエンテス通りのカフェで、モッツァレラとアンチョビのピザとビールを1リットル注文。余談ですが、今まで僕はブエノスアイレスへ来てもあまりピザを食べたことがなく、またこのふわふわの生地を美味しいと思ったこともないのですが、このたびようやく目覚めさせて頂きました。特にこの、アルプスの少女ハイジに出てきそうな熱々のとろけるチーズの上にアンチョビと丸ごとのオリーブを無造作に散りばめただけのシンプルなピザには完全に打ちのめされております。

 そして気分も良くなってトイレに行ったら、パンツのチャックが壊れました(´;ω;`)

 さすがにチャック全開で気取ってカベセオしてたらアホ過ぎるだろうとも思ったのですが、ここまで来て引き返すのも悔しいので、チャックが壊れていることは忘れることにしました。おかげで後で嫁さんから、「チャック全開であそこまで堂々できるのかと感動した」というようなお褒めの言葉を頂戴しました('-'*)。まあ、嫁さんからしてみたら、僕の行動すべてに(チャック全開のくせに......)という枕詞がくっ付いてきちゃいますからね。笑いを堪えるのにも苦労したことと思います(笑)

 ......と、そんなわけで、これから旅支度に入ります。向こうでWi-Fi環境が整っている可能性は高くないと思われますので、次の更新は、帰ってきてからになるかも知れません。

 それでは、今度はチャックを壊さないように気をつけて行って参ります('-'*)

2017年4月21日

Esteban Morgado

 この日をどれだけ待ち焦がれていたことか。昨夜はLA VIRUTAにEsteban Morgadoを聴きに行きました。一度でいいから生で聴いてみたいと、ずっと前から思っていた人。朝からソワソワが止まりませんでした。

 演奏はQuejas de Bandoneonからはじまり、Cinema paradisoやAdios Nonino......。誰もが一音も聞き逃すまいと、目を閉じてステージに耳を傾けています。立ち見が出るほどお客さんは入っているのに、踊る人はほとんどいません。しかし、Oblivionが流れると、堪え切れずにフロアに出ちゃいました。

 僕らの他に踊っているのは10組ほど。ガラ空きのなかEsteban Morgadoの生演奏で踊れる幸せを噛みしめながら、Morenaがかかったときなんて、嬉しすぎて涙が出ました。......音楽って改めて凄い。一夜明けた今でも余韻が残っています。

2017年4月20日

SEGUIME...SI PODES

 こちらでの生活には、もうずいぶん慣れましたが、ミロンガの時間の遅さだけはどうも苦手。昼頃まで寝ていられればいいのですが、すぐに勝手に目が覚めてしまいます。すると、貧乏性の僕としては、じっとしていることも出来ずにベッドから抜け出し、音を殺してメールやブログを書いたり、翻訳ソフトを駆使してこちらの人たちとチャットをしたりするわけなのです。

 さて、昨夜はカルロス・リバローラ先生から教えて頂いたミロンガ、Club Fulgor de Villa Crespoの「SEGUIME...SI PODES」へ行ってきました。場所は徒歩で10分。つくづくミロンガへのアクセスには便利なアパートです('-'*)

 ネットで調べた情報によると、ミロンガ前レッスンが20時半から22時。ミロンガ開始は22時とのことで、早く行って早めに帰ろうと思って22時15分頃に到着すると、まだレッスンをやっていて、先生が「問題ないから奥で座っていてくれ」というようなことを仰るのでワインを飲みながら待っていたのですが、23時を越えても終わらず。ようやく終了して先生が記念写真を撮るために生徒さんたちを並ばせて、僕も呼ばれたので照れ臭くて頭を掻きながら列に並ぼうとすると、「シャッターを押してくれ」と言われました(´;ω;`)

 20人掛けくらいの細長いテーブルが3列あって、その中のひとつに僕らは座ったわけなのですが、皆さん遠慮して下さったのかそこが定位置なのか、僕らから最も遠い席にかたまり、人が集まってきてもその輪が大きくなっていくばかりで僕らは離れ小島のまま。こういうときばかりはスペイン語を勉強してこなかった自分を呪います。言葉は喋れないまでも万国共通かと思って用意していたPPAPも、不発に終わりました(´;ω;`)

 更に、このミロンガ、年齢層が低くてレベルが異常に高い。そういう意味ではLa Virutaもそんなイメージですが、あちらは観光客も多く、時間が遅くなるに連れて、いいダンサーが集まって来るのに対して、こちらは最初から全開にしてビギナー皆無のまさにSEGUIME...SI PODES。Ariadna Naveiraまで物凄いオーラを発して遊びに来ましたよ。

「SEGUIME...SI PODES」とは、"やれるものならやってみろ"という意味だと聞いたことがありますが、まさにそれ。上手い人だらけのアットホームな雰囲気というものが、こんなにも一見の客に厳しいものかと学びながら、だんだんそういうことも気にならずに楽しくなってきて、最後はリバローラ先生に感謝しながら帰路に着いたわけなのでした。

2017年4月19日

La Juan D'arienzo

 昨日は、La Juan D'arienzoで踊りにSalon Canningへ行きました。彼らのCDは聴いたことがあるのですが、本物のダリエンソの演奏をデジタル音源にして蘇らせたかのようによく研究されていて驚いた覚えがあります。赤いシャツと靴に、黒のスーツで揃えた10人編成で、そのうち4人がバンドネオンという豪華さ。演奏をはじめる前に、おのおのメンバーがポーズをとったのですが、それがまるで戦隊ヒーロー物の決めシーンのように派手だったり、自分が演奏していないときにバイオリニストがピョンピョンピョンピョン縄跳びを飛んでいるみたいに跳ねていたり、みんなで一斉に掛け声をあげたり......。実物はCDとは比べ物にならないくらい迫力がありました('-'*)

 ラスト曲は、『La Cumparsita』。本家と同じく、途中でピタッ! と演奏が止まる瞬間があったのですが、そのとき、打ち合わせをしたわけでもないのにフロアどころか周りのテーブル席まで静まり返り、タイミングよく一斉にまた動きだし、まさかこれを生演奏で体験できる日が来るとは......。思わず涙が出るかと思いました。

 もうひとつ嬉しかったのは、彼らと50センチくらいの至近距離で嫁さんと踊っていたとき、アブラッソを通じて明らかに今までとは違う熱量が伝わってきたことでした。フロアは左まわりに流れていきますので、同じエリアでいつまでも踊っているわけにはいかず、演奏をしている場所から離れた瞬間にトーンダウンはしてしまいましたが、あのとき彼女は間違いなく心の底から踊っていたと感じました。

 ちなみに今、僕が書いている「踊る」とは、音楽に合わせて綺麗に動くことではなくて、笑うとか怒るとか泣くとかといった本能の話です。普段レッスンをしていても、この部分を伝えることは結構難しくて、例えば笑い方を教える場合、「話している相手がギャグを言ったら、口角をあげて腹筋に力を入れて痙攣させながらハハハハハと声を出しましょう」と説明しても、そこに感情が入っていなければ表面的と言いましょうか......。マリア・ニエベス先生がひたすら教えて下さったのが、タンゴのこの部分でした。

「息遣いとか空気が震えてる感じとか、同じ生演奏でもスピーカーを通して聴くのと全然違うのね。幸せだったー」

 サラリとそんなことを言ってのけたのを聞いて、頼もしく感じたわけなのでした。